不定期連載写真日記 vol.21 - vol.27
vol.27 - 09/02/28
ライブ出るよ
我が社全社員のなんと1/4が在籍する、総勢10人のスピリチュアルワンコードジャムバンド「オンドク」というバンドで明日3/1にライブでます。 ギター ギター ベース ドラム キーボード ディジュリドゥ ジャンベ ジャンベ ジャンベ ジャンベ ← 俺 見ての通り、ベースじゃなくてジャンベで出ます。 15歳の時に自分にベーシストという肩書がついて以来、生まれて初めてベース以外の楽器でライブしたのが去年の3月1日でした(ボンゴとコーラス)。 奇しくも1年後のちょうど同じ日ということで、スピリチュアルな何かが起こるかもしれません。 −−−− 場所:原宿アストロホール 開場 16:00 / 開演 16:30 お金\500+ドリンク代 オンドクは18:00〜予定です。 −−−− 東京の人はお越しやす〜
vol.26 - 09/02/25
やってみようDIY
4月に東京の新居に引っ越し、部屋もずいぶん広くなった。ついては日曜大工で大きくてかっこよくてポップでキュートなカウンターテーブルを自作しようと決心した。 そして、そのまま10か月が経った。 先日、ひょんなことから近所のホームセンターに行ったのがきっかけで、2×4材なるものを知る。正確にいえば知ってはいたのだが、「これひょっとして使えるんじゃねえのか」という思いに、齢26にしてようやく至った。 大きくてかっこよくてポップでキュートな天板を通販で買うことは決めていたのだが、肝心のテーブル脚をどうするか、さっぱりノープランだったからである。 なるほど、見れば見るほど頑丈そうな、たくましい奴である。 年末に特に大した買い物もせず、金も余っていた社会人が1本400円という値段にビビってはいけない。早速3本購入→カット依頼と怒涛の流れこみ。 家に持って帰って一目散に作業に取り掛かった。 こういう時の自分の集中力には、毎回自分で驚愕する。 ●写真1枚目: 購入したもの一覧 ・2×4材 3本 ・ビス 50本入りくらいの ・L字の金具 計2500円くらい
●2枚目: 以前1500円で購入したが驚愕の出力の低さでさっぱり使いものにならなかったドリルが水を得た魚のようにまさかの大活躍。30分で組み立てが完了する。 のこりの30分は頬ずり。
●3枚目: 京都から持ってきた板をおいて仮完成。 カウンターと呼んでもかまわないレベルに達し、発狂するほど大満足。
●4枚目: 天を突きぬけんばかりのテンションの上がりっぷりに、別角度からパシャリ。 Duke Ellingtonの[The Popular Duke Ellington]のレコードが写っているのが、なんともニクい演出である。
京都大学で1年間構造の研究をしたことがまるで嘘のような脆さっぷりで、ちょっと物をぶつけようものならガクガク揺れるという始末。しかしそこが最高にキュートなのである。 あとは福岡の建材屋さんから1万5000円くらいの明るい色の天版を買って上にのせるだけで完成である。 購入が10か月後にならないよう祈るばかりである。
vol.25 - 09/01/31
いつでも会える
京都を出る直前にエディという後輩ベーシストの家に行ったら、Wynton Kellyの「Kelly Great」というレコードを貰った。それがきっかけでレコードプレイヤーがモーレツに欲しいと思った。 そして、そのまま10ヵ月が経った。 年始に、某巨大ECサイトのリニューアル案件に参加する運びとなったが、ECサイトでの購入履歴が過去1回の俺に、サイトユーザーの気持ちがわかるはずもなかった。早急に購買活動を経験する必要が生じた。 とりあえずAmazonに行き(「とりあえず」で選ばれるサイトというのは超成功例である!!)、どういう経緯か全く記憶に無いが、とにかく俺はAmazonの中でaudio-technicaのAT-PL30というプレーヤーを知ることになる。 やたら安いくせに評価がやたら高いという、それだけで貧乏性の俺には「ウキウキ!!」なスペックなものだった。 先月に休みなく働きまくって一応金もあった社会人という身分で、6000円という価格に躊躇する姿を見せるわけにもいかないと思い、一瞬で注文してやった。 ついでに「倉出し うめぼしの謎 完全版」を買ってしまったことは誰にも言えない。 で、1週間後に届いた。 針を乗せた瞬間に「ブッ」とか言う融通の利かなさに、これはハマりそうだ。
現在持っているレコードは悲しいかな以下の3枚のみ。まあプレーヤーを持っていないのにレコードだけ100枚持っている奴の方がどう考えてもイカれている。 ・Wynton Kellyの「Kelly Great」 ・Bill Evans Trio 「Explorations」 ・James Brownのベスト盤的なもの これからレコードを集めるのが趣味になりそうで、怖い(財布が)。 すでにヤフオクでブランキーとかエリントンのレコードを探している始末である。 --- レコードプレーヤーという、当時もはや自分では知覚しなくなっていた興味の対象を、記憶の裏側から掘り起こされたということが、今回のミソである。 ネットの最大の欠点は、自分が興味ある事柄周りという「限定の中で」、情報を恣意的にしか選択しないことだと考えていたが、ネットのそんな性質は過去のものなのかもしれない。 ただ、これも一つ難癖があって、リコメンドエンジンが正確になればなるほどある意味そこで発掘される情報は恣意的になる。やはりネットが提供する情報は、それを扱う人が「あらかじめ」持つ興味という1点に無限収束していくのだろうか。 非常に危険だ。 しかしあれだな、通販は、全く身の覚えのないものを誰とも分からない人から勝手にプレゼントされた気になるからやっぱり気持ちが悪い。 10歳くらいまでなら、サンタクロースのおかげと感謝するのだろうか。 ちゃんちゃん
vol.24 - 09/01/07
男の備忘録
ここから数回の更新は何かとイベントには事欠かなかった昨年12月の備忘録となることを予告しておく。 12月最大のイベントと言えば誰が何と言おうと京大ジャズ系の定期演奏会である。 毎年この場で男泣きをバッチリ決め込む俺にとって、定演の前では東京-京都間は無いに等しい距離と言っていい。 もちろん全く迷わずして帰京を決めた。 月曜にはバッチリ仕事があるので、朝まで打ち上げて始発新幹線で帰りそのまま会社という超強行スケジュールだったが、夏に夜行バス着→そのまま会社という荒業を素敵にこなして以来、最強モードに入ったままだったため、心配事は無いに等しいと言っていい。 もちろん全く迷わずして帰京を決めた。 そして今回開催の12月21日は、奇しくもとある巨体ドラマーの誕生日と同日であった(しかし氏は来ていなかった)。 世界一後輩好きな俺なので、当然の如く京都入りを前日に果たす。 しかしいきなり市バスに携帯を忘れるという凡ミスを犯し、極寒の京都の風をその全身に売るほど浴びながら、自転車で錦林車庫を目指すはめになった。 甚だ想定外で不必要で余計だった運動のせいで若干やる気が落ちかけるが、持ち前の楽観主義で何とか持ち直し、意気揚々と土曜日恒例のセッションに顔を出す。 7人中5人がベーシストとかいうもう何が何だかわからないシチュエーションも、社会人となった今では大人の対応で切り抜けたものだった。 エディの髪型が1年前と全く変わっていなかった。 その夜は懐かしのOFFSIDEで伏見トリオの戦友と杯を交わし、ジャズ系の末恐ろしい近況の把握に努めた。 あくっちゃんの「将来詐欺師になりたい」という話を聞くのは3回目くらいだった。 くらっちゃんは相変わらず縮毛矯正をするつもりゼロのようだった。 この鬱陶しいテンションのまま(現在朝の5時、会社である)、定演当日の感動を語るには自分の文章力に自信ないので、ひとまずこれにて筆を置くことにする。vol.25に続く。
vol.23 - 08/12/14
懐かしの中野ブロードウェイ
先日このサイトからリンクを追加した、トム&ハンクスのライブをゲリラ的に見に行こうの会の企画を実行に移す時が来た。構成メンバーは彼をよく知る大学時代の友人の5人である。 プロによるハイレベルな笑いで日曜出勤のうっぷんを(そんなにうっぷんでもないが)晴らそうと、意気揚々と中野に向かったまでは良かったが、 間に合わなかった… 次回のライブに期待することにする。 その後、仕事(?)を終えた上田氏と長らく話し込み、人生を真剣に考えているのか考えていないのか全くつかめない彼の天然素材ぶりは、この2年間で全く変わっていなかった。それはライブを見れなかった俺を喜ばせるのに十分だった。 「今日24時までにブログの原稿を仕上げないとあかん」とか言って家に手ぶらで帰っていった氏を見送り、上記大学の同期と飲む。一番驚いたのは今年4月の時点で「行きたいと思う就職先がない」と言っていた奴がNHKのディレクターに内定していたことだった。 自分が就活をしていた時、そういう職種につくことは全く想像しなかったが(まぁ現在似たようなことをやっているが)、いざ自分の近しい人間がそうなったと聞けば、これはなかなかおもしろそうな仕事である。是非ともビッグになってほしい。 その場の話題のたいていは「あいつは今なにしてんの」とか「あいつはどこに就職したん」とか、そんな話だった。 いざ社会人になってみると、彼らの身の上話がとたんに人生味を帯びてきて、俺はそんな話を聞くのがけっこう好きだ。 人生は、これからなのかもしれない。
vol.22 - 08/12/07
魔の手
先週の土曜日、某がチャロー!インディア展を見たいと言って聞かないので、六本木ヒルズに行ってきた。ピカソの時と同じく、学割で入ってやった。 人より少し給料が少ないので、必要悪だとしておこう。 肝心のイベントは、「インドの展示会」ではなく、「インド在住の新鋭芸術家の作品展」だった。総じてワケがわからなかった。 手元に落ちていた素材を誰も見たことがない形に練り上げて、後からそれっぽい社会風刺的な説明を加えれば、こういうものができるましたよ、という類のものだった。 といっても国際的にある程度評価されている表現化たちの仕事である。それぞれを注意深く見れば、「なるほどこういう表現にオとしてきたか!」という発見もあったろうに、なんだかそういう気分で作品に対峙する気にはなれなかった。前回の日記で書いたように、美術館は苦手だ。 帰りに「アーティスト症候群」という本を買った。次の日に全部読んだ。 久々にスカッとする本だった。 展望台にも行けるというので、これはチャンスとばかりに行った。ヘリポートはアホみたいに人が並んでいたのでやめた。誰しもが思うのだろうが、そして、自分自身が昔に同じことを思ったことがあるような気がするが、夜の東京タワーは「何かにょきにょき出てきた」ようなものだった。
恐らくどこかの広告代理店の差し金と思われるキャンペーンが、場違いにハバをキかせているのだった。俺は初めてああいう催しに「滑稽」という感情を抱いた。
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vol.21 - 08/11/30
20世紀最大の
先々週の日曜ですが、京大ジャズ系東京支部セッションvol.2があった。 ドラムの某がだだをこねるので、結局彼の住む葛西という地で行う。遠かった。もう二度といかねえ。 その後前日から東京入りしていたおかんから電話で呼ばれて、ピカソ見たいからミッドタウンに来いと。なぜかまだ院生のころの学生証を持っているので、バッチリ学割料金で入館を果たす。毎度思うのだが、基本的に美術の展覧会というものに俺はピンとこない。 難しそうな顔をした他人の中で、ボンと飾られた絵と対峙し、その作品世界に対して自分の考えをぶつけらる場所としては、展示会は落ち着かなさすぎる。 ピンとこないというか、苦手だ。 俺もさすがに26なので、「展覧会は苦手だ」と言ってそっぽを向くよりも、自分に合った楽しみかたを見つけねばならぬ。と思い立ち、「この作品がどうのこうの」よりも、ピカソ本人のコンテキストを読み解くという視点でこの展覧会に臨んだ。要するに絵そのものではなく、その横にぺたっと張り付いている500wくらいの文章を読むことに注力した。なんか本末転倒感がしないでもない。 今更知ったことだが、ピカソはどうも絵を描くのが好きでたまらないといった、健全な芸術家ではなかったようだ。 自分を取り巻くどうもこうもならん状況と、それに対処しようのない(できない)自分自身を認識するより前に、打開策としてでもなく、自慰としてでもなく、勝手に筆を持ってしまっていた、勝手に絵を完成させてしまっていた、というのが彼の感覚だったのではないか。 腕を切る人たちがいる。 彼らによると、痛みを覚えたり、血を見ることで(どうもこうもならん状況含めて)自分が在ることを実感し、安心するのだという。 どうもピカソにとって絵を描く理由は、彼らが腕を切る理由と全く一緒であるような気がしてならない。 ただ、両者で決定的に異なるのは、ピカソの絵画はその活動と成果物そのものがあり得ないレベルで「認められてしまった」ことだ。これはピカソにとって90%は幸せなことで、10%は不幸なことであったと思う。 我々「人類」は、ピカソがいたという誇るべき存在事実と、彼が残した絵画を手に入れた。 例えばこれから将来宇宙人と交信を持つようになった時、「我々人類にはこんな素晴らしい絵画を残す者がいるんだぜ」と自慢するに十分な遺産であるに違いない。 (あくまで宇宙人が地球人と同じ視点で絵画を鑑賞するとしたらの話、であるが)。 じゃあ、代わりにピカソは何を手に入れたのだろう。 彼が晩年に描いた「若い画家」を見ると、そんな超が10回続くほど野暮なことを考えて、悲しくなってしまう。 あくまで、たかだか一回、展示会を見ただけの俺が考えたことである。